ソムリエはワインとコミュニケーションを極める仕事

−他人への興味が薄かったり覚えるのが得意でなかったりするとソムリエになるのは厳しいのでしょうか。
僕自身も、実は他人への興味がそれほど強いタイプではないと思います。しかし、お客様は期待をされて来店され対価を払うのだから、「興味がもてない」で片付けて覚えようとしないのは職務怠慢というか、お客様・お店に対して責任感を欠いた姿勢と言われても仕方がないでしょう。
僕は、人を覚えることに関してはすごく苦手意識があったので、重要なお客様や注意が必要なケースに関しては、ノートを取っていました。五十音順で、お客様の名前等の情報、どういうワインが好きか、あと領収書がある場合は領収書の宛名を書き留めて、予約が入った段階で目を通しておく。名前を見ても思い出せない人も多いけど、ノートを見ておいて実際に来店されると「あ、思い出した!」っとなるので、それで「この間あれを飲まれてましたよね」って言うと「よく覚えてたね!」って言われたりして。本当は覚えてなかったのですが(笑)

いいソムリエは、お客様の事をよく覚えている。僕の場合は、そこは記録することで補っていました。でも、それ以上に重要なのは、アドリブ力です。いろいろ覚えたところで、それは過去のもので、現場では不測の事態含め、絶えず、いろんな事が起こります。やはりその場の瞬発力というか、当意即妙な受け答えとか、そういうのが出来ないと、お客様の心は動かない。初めていらっしゃるお客様には、覚えているも何もありませんしね。

ワインの味をどう感じるかは、その人の心理状態も関係しています。味わいとは結局、最終的にその人の脳が作り上げるものですから。昼間と夜では同じワインでも味の感じ方が違う。これは全然違いますよ。ぜひ試してみてください。昼のほうがワインの特徴がよくわかる。でも、夜のほうが、美味しい。本当に違うんです。ワインの味わいとは、そういう、人間の感覚や心理状態という、曖昧で不確かなものの影響が大きい。レストランでは、ワインの味わいの最後の部分はソムリエが担っています。頼んだワインをソムリエに不安げに出されるのと「美味しいですよ、これ」と自信を持って出されるのでも、実際、味が違うんです。ワインそして自分に自信を持っているソムリエの注ぐワインは、美味しい。時にはハッタリも必要です(笑)自分がお客様にとってどう見えるかを踏まえた上で、TPOに合わせて振る舞う。いずれにしろソムリエには高いコミュニケーション能力が必要だと思います。


篠原 直樹 Naoki Shinohara
オーストリアワイン大使、株式会社ワンモアグラス 代表取締役、日本ソムリエ協会認定 シニアソムリエ。東京大学理学部地学科地理学課程卒業後、飲食業に従事。銀座・渋谷のワインバー「シノワ」で長くソムリエとして勤務後、2011年に株式会社ワンモアグラス設立