会社員からフリーアナウンサーへ~次がないからこそ、常に最高の状態を整える~【石岡麻奈美さんインタビュー】


今回はフリーアナウンサーの石岡麻奈美さんに仕事への想い、パフォーマンス・コンディショニング術についてお話を伺いました。

社会人10年目でフリーアナウンサーになった理由

――石岡さんは新卒で大企業に就職されて、フリーアナウンサーとして独立しています。どのような背景があったのでしょうか。

元々人が大好きで、前職では社内の営業研修やイベントの司会などで皆さんに楽しんで頂くことにやりがいを感じていました。
仕事や責任が大きくなっていく中で、自身のスキルをより極めたいと思ったんです。これまでも、講義内容や司会の台本を鏡の前で明け方まで練習をしていましたが、何か物足りなさを感じていました。

ある日友人の結婚式に行った時、司会者に釘付けになって。
感情を乗せて伝えると声色も変わって、聞いている人に伝わると気づきました。私はこれまで情報を伝えることに意識が向いていて、感情を乗せるということが自分に足りなかったとその時気付いたんです。

すぐにプロフェッショナルな話し方を学ぼうと思い講座をいろいろ探しました。2日間の研修などでは足りないと思い、1年間通えるアナウンス学校を選んで通いました。
アナウンス学校卒業時に現在の事務所からお声かけいただき、挑戦してみようとフリーアナウンサーに転身しました。

――社内講師やイベントの司会としてスキルアップのはずが、全然違うところにジャンプ(笑)。決断が早いですよね。

天真爛漫とよく言われるんですが、この4文字に尽きますね。
機会を無駄にしたくないんです。悩んでいるうちになくなっちゃいそう、と思います。わからないけど、まずキャッチ!みたいな(笑)。

自分の殻を破ることで新しい世界が見える

でも、そういう思考になったのは学生時代オーストラリアに留学した経験が大きいですね。
元々はシャイで、人前に出たくない、できるなら目立ちたくない性格でした。
留学してみるとヨーロッパ、アフリカなど色んな文化圏の人がいて、積極的に発言しないと自分は存在しないことになる、と気づきました。

勇気を持って発言するようになったらみんなに受け入れられて。自分の殻を破ったら、こんな楽しい新しい世界があるんだと思うようになったんです。
その辺りから、「やってみないとわからない」と考えるようになりました。

――他にも、フリーアナウンサーとしての道を選ぶ決め手になったものはありますか。

東日本大震災の時、1週間ほどボランティアに行ったことでしょうか。仮設住宅を回って絵本を読んだり、地元の方々とお話しさせて頂いていたりしたのですが、最初はなかなか受け入れられず、空回りしてしまっていました。

それでも毎日通ううち、私が来るのを心待ちにしてくれるようになり、私の影が見えただけで子どもたちが飛んできてくれるようになりました。それがとても嬉しくて、私の方が逆に勇気を頂いてしまいました。

この経験が私の中で大きく、私の言葉や関わりによって一人でも多くの人にワクワクしてもらいたいと思うようになりました。