ソムリエはワインとコミュニケーションを極める仕事

−ワインの知識をしっかり喋れればいいというわけではないのですね。
ただ「ワインに詳しければいい」ということでもなくて、相手に合わせて出したり引っ込めたりできないといけないし、喋りたそうにしているお客様だったら、わざと突っついてあげて自慢させてあげることも必要。僕らがペラペラとしゃべっていい気持ちになっていてはダメなんです。喋りたいお客様だったら周りが引かない程度に喋らせてあげほうがいい。知っていることを知らないフリすることも時にはあります。TPOを把握して、それに合わせられるということは絶対的に必要です。巷には、ペラペラ喋るソムリエもいるけど、接待のときにそれでは困りますよね。

お客様のことを覚えるから、お客様にも覚えてもらえる

−どうしたら観察眼やコミュニケーション能力は磨けるのでしょうか?
昔働いていた店では、まあ、儲かっていて経費を使いたかったんでしょうけど(笑)心理学者の先生が来て、コミュニケーションスキルを磨く講習会をやっていました。特に「されたい聞き方・されたくない聞き方」や「TPOに応じた相槌や声のトーン」などは非常に勉強になりました。未だに、そういうスキルアップ講習をしている店はほとんどないと思います。
他に、「街やお客様が育ててくれる」というのもあるでしょうね。銀座だったらお客様にも面白い人がいて、特に夜の仕事の方の気配り等はすごく勉強になる部分もある。いいお客様が集まる店だったら、お客様の立ち居振る舞いから、自然に自分も感化されていく。そういう意味では「いい店で働く」のは大事だなと思いますね。

安いワインしかない、薄利多売のスタイルのガヤガヤしたお店で10年働くのと、接待で使われる店で洗練された空間で10年働くのとでは、スタート地点は同じでも10年後が全然違ってくるでしょうね。接待で使われるような店は事前の段取りから一組のお客様に対する集中度合いが違います。当日も「この頃合いでタクシーを呼ばないといけない」だとか、NGワードも場合によってはあるし、例えばビール業界の接待であれば普段扱っていなくてもそのメーカーのビールをその日だけ仕入れるということもある。そういうことを含めて、毎日ある程度緊張感のある店のほうが、大変だけど接客スキルが磨かれていくと思います。

−名前で覚えられるソムリエとそうでないソムリエは何が違うのでしょう?
名前で呼ばれるソムリエはその前に「お客様のことを覚えている」のではないですか?自分が先に相手のことを覚えているから相手も覚えてくれているということでしょう。以前飲んだものを覚えているとか、好みを憶えているとか。お客様は別にソムリエを覚えようと思っているわけではなくて、自分の欲しいワインが速く確実に欲しいから、その為にはそれが分かる人の名前を覚えておいたほうがいいというだけ。逆に言うとソムリエはどれだけお客様のことを覚えているかが重要になってくる。言わば、レストランの中で動く営業マンですからね。レストランという空間の中でどれだけ顧客に上質な時間を提供するかで売上やリピート率も断然、変わってくる。