他者にも自分にも振り回されないフラットな生き方

ソフトバンク、DMMなどを経て、現在は医療系スタートアップ企業アイリスの人事として活躍される林英治郎さん。とてもフラットで、コーチ以上にコーチ的なお人柄がどのように形成されたのか。これまでのストーリーやフラットなスタンスを保つ秘訣について取材させて頂きました。

 

「べき」論で自己と他者を評価しない。「事実」で認知する

普段からあまり感情的になることがなくて、感情の高低もない方です。「アンガーマネジメント」と言われる領域がありますよね。とても学びがあり価値のあるものだと思っていますが、個人的には「アンガー」だけに絞り込んで「マネジメントする」って感覚がわからないんです(笑)。

 

当然、私も感情が快/不快に動くことはあります。ですが、感情が動いたとしてもその後にどんな言動をするかは自分自身のコントロール範囲にあるはずですよね?例えばすごく嬉しいことがあった時、誰かにそれを伝えたり跳び上がって喜んだりといった行為は自分自身で選択している言動です。同様に、腹が立った時、誰かに対して怒ったり怒鳴ったりして発散するといった行為も自分自身で選択している言動ですよね。

 

本来、「喜び」も「怒り」も、感情をどのような言動で表現するかは自分で選べるはずなんです。それなのに怒ってしまうということは、自分で自分の統制がとれていないようで嫌だなあと。なので、私が誰かに対して感情的になって怒る、というのは少ないと思います、皆無とは言い切れませんが(笑)。

 

対人コミュニケーションにおける自分のコントロールという観点では、不快な感情を抱いて怒りを表現している方と対峙するときは、相手の立場に立って考えるようにしています。大抵の場合、怒っている方は理想と現実にギャップがあって、それに納得できなくて怒るという言動を選んでいるんですよね。「あなたは本来○○すべきなのに、やっていないじゃないか」という具合に。そのギャップとして何が存在しているのかを「認知」できるように相手を洞察するんです。すると、平静な心の状態を保つことができますし、相手の怒りに触発されて反応することもなくなります。

 

不快な感情を抱いたからといって、怒りという感情を誰かにぶつけてはいけないのか?に関しては、「自分は怒りを感情的に表現している」という言動に本人が自覚的であれば、それはそれでいいのではないか、と思っているのです。
一方で、自分の状態と自身が選択した言動に気づいていないような人には、「今、こういう意図で発言していたと感じたのでコメントするけど、違ったらごめんね」と言ってフィードバックを伝えます。エキサイトしている相手が聞く耳を持ってくれるかは別として、相手を無理やり直してやろうとか怒ってやろうとか、そういったことは全く思いません。本人が自分の状態を自覚していなかったら直しようがないですが、自覚的であれば直すか直さないかを選べる。それでいいと思っています。

 

私は相手に対しての理想や期待値を勝手に貼り付けるという行為を全くしていないのだと思います。「今対峙しているこの人は、この状態にいるんだな」と認知する。シンプルにそれだけなんです。

 

失敗の繰り返しがフラットな生き方の形成に

ただ、子どもの頃からそういう考えをしていたかというとそうではなくて。
思ったことは何でも全て口に出してしまう。それ自体を美徳だとして自分本位に捉えていましたし、周りからどう思われるかにも無自覚で、尚且つ誰かに強制されるのを嫌う、本当に自分勝手な性分でした。小学生の時などに、社会科とか体育の時間でペアやチームを組んで何かに取り組むことがあるじゃないですか。その時も私は自分勝手にぼーっとしていたのですが、結果として私一人余ってしまったことがあるんです。それで流石に「あ、これはいけないぞ」と自覚した記憶があります。当時は単純に取っ付きにくい性格から嫌われていたんだろうと振り返って思いますが(笑)、そんな経験を経て周囲の視点や感情というものを意識的に把握するようになったと思います。

 

その後、高校生までは比較的に同質性の高い集団で過ごす期間が続き平穏な日々でしたが、大学時代にまた同じような失敗をしました。小中高の関係性の中でよしとされていたような振る舞いをそのまま持ち込んで、空気を読めていないというか、煙たがられるような、そんな時期もありました。あるとき、飲み会で率直にその事実を伝えてくれた友人が居たんですよね。酔った状態でしたので何ら配慮のない言い分をぶつけてくれた形でしたが、私にとっては「あ、またやってしまっているぞ」と自覚できた良い機会でした。あ、補足ですが卒業後も不定期にですが飲みに行く仲間なので壊滅的なわけじゃありません(笑)。

 

社会人1社目で鼻っ柱を折られた経験も、今の人格形成に強く影響しているように思います。
新卒入社した会社には同期が7人いたのですが、その中で私は全く仕事ができない存在でした。まず、PCのタイピングは両手人差し指でポチポチと押している状態、単純にこれだけでも相当ヤバいと思いましたね。

 

加えて、先述したように自分勝手な性分で、第三者から強制されることを避けてきた人間なので、与えられた指示をきちんとこなすことができなかった。「全社員で研修合宿をやるから会場を探して欲しい、条件はこんな内容で、まずは会場3つくらいから見積もりを取ってみて」と言われただけで頭が真っ白になってしまい、結局1日かかってもできなかったこともありました。

 

仕事ができない自分と直面せざるを得ない日々が続き、時には会社を後にする際に悔しさやら自分の不甲斐なさやらで、帰路で一人歩きながら涙を流していました。帰宅しても、「明日も会社だな・・・」と思い悩んでシャワーを浴びながら暫く座り込んでしまう――。ちなみに、この頃は単純にハードワークもあって精神的な負担は相当なものだったのですが、この経験で「メンタル不調の予兆はこれで、ここを超えると凹んじゃうから先に休んでおこう」など自分自身の調子の匙加減が分かるようになりました。これもセルフコントロールの一つですよね(苦笑)。

 

振り返ってみると、社会人1年目で自分への期待値を自分で分不相応に高く置いてしまって、その結果として理想と現実とのギャップに自分で勝手に心が折れてしまったんだと思うのです。学生の頃までは比較的運動も勉強もできて、これという挫折を経験したことがなかった。それは明らかに困難な壁や苦手なこと、自分に向いていないことをできる限り避けてきた必然の結果だったのかもしれません。

 

私たちは、「本当は出来るはずだという理想の自分」を勝手に掲げることによって、理想に到達出来ない現実の自分との落差に直面して、傷ついてしまうことがあるんだと思います。私も自分で自分を潰してしまいました。しかし本当は、「自分は出来ないことが多い人間である」ということさえ認められれば、それ以上もそれ以下もなくなって、理想との落差で落ち込むことがなくなります。これは相手に対してもそうですよね。相手に期待をしすぎるから、そうならなかったときに理想と現実のギャップが怒りの感情に繋がってしまうのだと思います。

 

過去の経験を抽象化して脳内に格納する

誰しも、意図せず陥りがちな思考や言動のパターンがあると思います。
私自身は、先ほどお話したような手痛い失敗を繰り返す中で、過去に経験した事象を抽象化して、構造的に脳内に格納するような癖がつきました。異なる事象でも抽象化すれば共通項が見つかり、そこから「あ、今起きていることは過去のこのパターンだ」と気づいて、冷静に合理的な対応ができるようになるのですよね。人事的な言葉でいうところの経験学習のサイクルそのものですね。

 

例えば、私は何社目かで働いていた時に、周りより自分の方ができるなと思ってしまい不遜な態度を取ってしまっていた時期がありました。自分の意見を先に言って相手の意見を聞かなかったりとか。その時、何となく周りの空気を感じるタイミングがありまして、ふと、小学生の時に組み合わせを作る場面で一人余った時と同じような言動をして同じような結果を招いてしまっているなと気づきました。それで、自分で軌道修正することができたように思います。

 

シンプルな生き方のすゝめ

私が人生で重要だと考えていることは、家族が元気、天気が晴れている、そして私と接点がある人が私とかかわったことで少しでもプラスの差分を感じてほしい、という3つだけなんです。どれも主語が自分ではありませんが、私が利他的な人間というより、自分が満足感を得るための究極のエゴだと思っています。家族が笑顔で元気でいるためには私が稼ぐ必要などはありますので、自分のキャリアとかもちゃんと考えないといけないですけどね。キャリア考えるの、正直苦手なんですけど(笑)。

 

私のようなシンプルな生き方は、強みでもあるかなと思っています。物事を複雑に考えすぎると、目的と手段が置き換わってかえって身をほろぼしてしまうことが時にあると思います。例えば、社内でよいポジショニングをしたいがために策を講じ、情報を出し分けることによって流れを誘導しようと画策していたら、自分の策に溺れてしまって結局上手くいかないとか、ありますよね。そういったことは絶対にしませんし好みません。

 

そういう私の欲のなさだったり、他者の言動や自分の出来/不出来に振り回されないあり方というのが、常に感情を一定にしてフラットでい続けられるコツなのかなと思います。

 

林 英治郎
医療領域スタートアップのアイリス株式会社にて人事を担当。
以前は、DMMにて人事責任者を務める。さらに以前は、ソフトバンク株式会社にて部門担当人事として450名規模組織を担当し、グループ会社の人事機能として採用,教育/組織開発,運営/制度設計,運用,浸透、など幅広い領域に従事。株式会社トライアンフにて複数企業の新卒/中途採用活動の企画~運用を一貫してリード。
現職と並行し、一般社団法人MATCH-UP!!の理事を務め、約20社50名の他企業メンバーを取り纏め、理事として事業企画,組織運営全般を担当。また、個人事業として複数企業の人事領域をハンズオンで支援している。
https://aillis.jp/recruit