2024年度、東京海上日動システムズ株式会社にて実施された新たな研修プログラム「シン・YELL」。
事前インプットとしての「Udemy」を使ったe-learning、3回にわたる集合型研修(グループセッション)、そして受講者一人ひとりへの7回のオンライン・コーチングを組み合わせ、半年以上にわたって丁寧に設計された本プログラム。
今回は、この企画を主導された同社人事部課長・木村様に、立ち上げの背景やプログラム設計のこだわり、そして今後の展望についてインタビューさせていただきました。
―どのような課題を感じ、シン・YELLを立ち上げられたのでしょうか?
当社の女性社員比率は全体で約35%なのですが、管理職となると10%台前半にとどまっていました。本来、通常のキャリアステップを踏んでいけば、管理職の女性比率も自然と30%ほどになっているはずなのに、なぜそうならないのか?という疑問が出てきたのです。
そこで社員に話を聞いてみると「今いる管理職のようにはなれない」「自分には向いていない」といった管理職に対するバイアスが見えてきました。そうした状況を打破していくために、「自分らしい管理職とは何か」を一人ひとりがしっかりと考えられるプログラムを作り出したい。そういった思いから、この企画の立ち上げに至りました。
―どのようなアプローチを検討されましたか?
これまでの中期経営計画では、「課長代理」と呼ばれる課長一歩手前の層を30%に引き上げる取り組み(LTP)をしてきて、十分な母集団ができていました。そして、「いよいよ課長を増やしていこう」という会社の動きもあり、そのためには何をすればいいかを改めて考えなければいけないと感じました。
課長代理向けのプログラムとして本部長クラスがコーチとなってコーチングを行う「YELL」というプログラムを既に構築していましたが、それだけでは個々人が抱えるバイアスを拭いきれず、研修と組み合わせた意識変容が必要だと感じ、「シン・YELL」として刷新しました。
―「シン・YELL」に対する木村様のこだわりポイントをぜひ教えてください。
まず一つ目のこだわりは男女混合で実施したことです。これまでの女性活躍推進施策では女性社員を中心にプログラムを展開してきましたが、「管理職になりたくない」理由を紐解いていくと、女性に限らず男性にも共通することに気づいたのです。だからこそ今回は男女交えて実施することで、お互いの強みや特性が引き出され新たな気づきが生まれる場にしたいと考えました。
次に意識したのは、「どのような管理職像を思い描いているか」は、本当に人それぞれ違うということです。それにも関わらず一つのテーマで「〇〇スキルを磨く」や「このモヤモヤを改善しよう」と進めていくと、一人ひとりの課題や思いに応えることができない。個々に合わせてカスタマイズできる研修プログラムは何かと考えていた時に、「これはコーチングをしないと一人ひとりに向き合えない」と気づいて、1on1コーチングとグループセッションを並走させる設計にしました。
そして、「考課のあり方」にも課題意識を持ちました。男性上司が“自分に似たタイプ”の候補者を推薦しがちで、せっかく育成してきた女性の課長代理が落とされてしまう、ということがあるのではという仮説を持ち、考課構造にも切り込んでいきたいと思い、考課を担う部長層を本プログラムに巻き込みました。男性だけでなく、女性のキャリアモデルも前提とした考課のあり方や、組織の中でのジェンダー規範の課題についてもこの「シン・YELL」で解決したいと考えプログラム全体を設計しています。
―設計する中で軸となったことはありますか?
プログラムの中心には対話を据えました。課長代理になった人には「スキル」よりも、「いかに自分がどうしたいのか」に向き合ってもらうことが大切だと思います。上から言われたから課長になる、望んでいないのに役職に就く—そんな状況は、部下も不幸になってしまいますよね。「私がこれを選択した」と自ら納得したうえで選択してほしい、そのためにも、自分自身と向き合う時間は欠かせないと考えました。ただ、課長代理はトッププレイヤーでもあるので本当に忙しく、先頭を切って色々なプロジェクトを動かしているので、そういった人に「自分と向き合ってね」と伝えてもなかなかできない。だからこそ、座学や講義ではなく、自分の話をシェアする、共感し合う、そういった対話を中心に設計することにこだわりました。
自分と向き合うことを避けていると、「ワーママってこうあるべき」「管理職ってこうあるべき」といった“べき論”にとらわれてしまい、本当に自分がやりたいことを選ぶのが難しくなってしまいます。徹底的に自分自身に向き合い、「自分は何を選びたいのか」をじっくりと考え抜いてほしい。そんなきっかけになるようなプログラムにしたい、というのが「シン・YELL」に込めた思いです。
―スーペリアの担当者とは、どのようにプロジェクトを形にしていったのでしょうか?
「自分がどうしたいか・どうありたいか」は、もちろん自分自身の中で問いかけてもいいと思います。でも、人に話すことで思いがけず自分の本心が表れることや、フィードバックをもらうことで初めて気づけることもある。こうした気づきは他者の存在なしには得られません。自分の思いを他者に話し、それに対して「こういうことをよく言いますよね」「こういう風に感じているのですね」と返される。その中で自分の本心に気づいていく。それを繰り返し、最終的に意思決定するのはやっぱり自分なのです。「こうありたい」という姿はすぐには実現できないとしても、「自分がこうしたい」という軸はこれから先、様々なことを選択していく上で支えになると思います。
スーペリアさんはコーチングの面で力があると感じています。元々コーチに対する信頼感がとてもあったので、受講者がどうしたいかを引き出すことは全幅の信頼を置いていました。ただ、本人向けのグループセッションの導入は私たちにとって初めての試みだったので、スーペリアさんの担当者と一番時間をかけてディスカッションを重ねた部分でした。
3回にわたるシン・YELLのグループセッションは、「未知なる扉」、「UnlockMe」、「前進」という3つのステップで構成されています。一般的に“研修”と聞くと、講義が中心で、終盤に演習やグループワークがあるような構成が多いと思います。でも「シン・YELL」はできるだけ講義のパートを削り、「4時間の中でどのような問いかけをして、何をシン・YELL生同士で共有し合ってほしいのか」、「3つのグループセッションの中でどういったステップを踏んでいけばマインドや行動が変わっていくのか」を深くディスカッションして形にしていきました。
―1つ目のグループセッションを通して、それ以降のセッションを変えようといった動きもあったのでしょうか?
もちろんありました。1回目と2回目のセッション間で実施されていた1on1コーチングでも受講者の心の変化があるので、次のセッションに行く前に「受講者にどのような変化が表れているか」をスーペリアさんの担当者がコーチ陣にヒアリングしてくださいました。
当初は「これでいこう!」と思っていたものも、受講者の様子を見ると「今の状況と少しズレているかもしれない」と感じてチューニングすることもよくありました。
グループセッションって、生身の「人」が相手なのですよね。人なので想定通りに皆変わらないし、想定以上に成長することもあります。なかなか計画通りには進まないので、そこにお互い心配りをしてセッションを経ていくという設計ができたのはスーペリアさんならではだと思っています。
―実際にプログラムを通してお気づきになられたことや手ごたえはありますか?
昨年度のプログラムでは、全員が何かしらを得たと思っています。部長からフィードバックを受けて期待をかけてもらい、1on1コーチングやグループセッションで対話を重ねる中で、自分自身の強みや「自分がどうありたいか」に気づいた人も多くいました。人によっては「こうしなければ」「こうあるべき」といった、誰に言われたわけでもない自分自身がかけている“呪い”のような思い込みに気づき、それを手放すことで次の一歩を踏み出すということができた、そんな手ごたえを感じています。
―受講生の反応や今後の課題についてはいかがでしょうか?
「シン・YELL」は2024年度に立ち上げ、検討を重ねながらグループセッション1・2・3を設計していきました。私たちにとって初めての取り組みだったので、最初は「なってもならなくても」という、どちらかといえばニュートラルなトーンでスタートしていたのです。それが徐々に熱を帯びてきて…セッション2では突然「覚悟は決まりましたか」と言い出してしまって、受講生がちょっと驚く場面もありました(笑)。
この経験からも、セッションとセッションの間隔のとり方、その間に何回コーチングを挟むか、その時のトーンをどう出していくか―次年度ではそういった部分をより意識して設計する必要があると、受講者からのフィードバックを通じて実感しています。
きっと今年もまた新たな課題が出てくると思います。でも私はそれこそが健全な状態だと思っています。今この瞬間のベストを尽くして、その時は自信をもって全力投球で取り組んでも、受講生の反応を見ると、「ここは読み違えたかも」「もう少し丁寧に伝えるべきだったかも」といった振り返りは必ず出てくると思います。その都度チューニングを重ねて、毎年ブラッシュアップしていきたいです。
―今後、スーペリアに期待することを教えていただけますか?
曽我さん(※スーペリア代表)がよくおっしゃっている「見えない労働人口減をコーチングで解決したい」という世界観、その姿勢にとても共感しています。
誰かに決められた物差しで評価されることは自分自身とても苦しいですし、きりがないじゃないですか。「自分がどうありたいか」という物差しを持ち自分で切り開いていく、そんな人たちであふれた会社になれば会社はもっとよくなると思っています。
だからこそ「シン・YELL」の設計も、そういった価値観に共鳴してくれる会社と一緒につくりたいと考えていました。
世の中全体として「一律にこのテーマ、このスキルを習得しましょう」といった研修スタイルは、だんだんマッチしづらくなってきているのではないかと感じています。いわゆる講師が前に立って講義をして、ディスカッションをして終わり―そんな形式だと、個々が抱える悩みや、自分らしさは見出しにくいと思っています。今回は初めて「1on1コーチング」と「グループセッション」、そして事前インプット「Udemy」の3つの要素を組み合わせる新しいプログラムの形に挑戦しました。これは課長代理という受講者たちのミッショングレードに合わせた設計で、もし受講生が新入社員なら、また違う構成になっていたと思います。それぞれの層にフィットするように道具を持ち替えて柔軟に設計していく、まさにオーダーメイドですよね。色々な会社とご一緒してきましたが、多くは完全にパッケージ化されていてカスタマイズについては別途相談のスタンスです。それだと実現したいものが設計できないので、「ここは少し削りたい」「こういう風に届けたい」といったリクエストを受けてくれるスーペリアさんと取り組めることは我々にとって意味のあることです。
―木村様が目指していきたい組織像と今後の展望をぜひお聞かせください。
女性活躍推進をはじめとするDE&Iの領域が私の専門です。だからこそ、これからの組織は「多様性を力に変えられる組織」でありたいと思っています。女性リーダーの増加はもちろん、若手の声が反映されるような環境づくりにも力を入れていきたいですね。
多くの人が、「組織に多様性があった方がよい」ことは頭では理解していると思います。でも、「多様性をどう組織力に活かすか」は意外と説明が難しいテーマです。そんな中で、最近心に残った“ジャンケン”の例え話があります。
たとえば、チョキが好きな人ばかりで構成された組織があるとしますよね。一見、感覚も言葉も通じやすいですし、居心地がよくて仕事もしやすいかもしれません。でも、そこにグーばかりの集団が来たら…全滅する危うさがあります。グー・チョキ・パー、それぞれを好む人たちが集まっていることが、実は組織の“生存力”につながる。そんな視点をできるだけ噛み砕いて社員にも共有していきたいと思っています。そして、お互いの良さが発揮されるような組織を目指したいです。
もちろん多様性を尊重することは大切です。でも、「みんな違っていいよね」の共感だけだと組織とし
ての成果にはつながりませんし、インクルージョンも実現できないと思います。「なぜ多様性が必要なのか」と言われたら、「じゃんけん大会で勝ち抜くためにどうするか」という視点がヒントになると思うのです。皆の意識を成果の最大化やお客様への付加価値の提供に向けて、「ここはグーだそう」「負けが続いてきたからパーだそう」といった取捨選択をできるのが良い組織だと思っています。












