人事の心得~わたしの生き方~Vol.04 叶え続ける夢(中川 浩人さん)

その人生をデンソーと共に歩まれた、「かっこいいシニア」を体現する穏やかな中に情熱を感じる中川さんとの30分

―本日は名古屋よりお越しいただきありがとうございます。お会いできてうれしいです。早速ですが中川さんの座右の銘を教えてください

わたし自身は「脚下照顧」という禅語が座右の銘でございます。足元を照らし顧みるというという意味合いがあります。わたし自身の理解では、いろいろな人や環境を見るといい所や羨ましいところが目につきますが、実は自分自身の足元にこそ幸せがある。そしてその幸せを感じたい、という想いがあります。若い頃に会社のクラブで少林寺拳法をやっていた際に出会った言葉でもあります。

―先ほど、お名刺を頂戴したときに人材の材の字が「財」になっている企業様だな、と思ったのですがいつ頃から「人財」と表記するようになったのですか

弊社でも「人材」と表記していた時代もあるのですが、人を軸にするといういうことが軸になってきたときに人は材料ではなく財産である、ということを人事の中だけでなく全社として人を大切にしていくというために組織名を付けたという背景があります。人にこだわっている会社ではよくあることかなと思います。

―これまでどのようなお仕事をされてきたのですか

人材開発が中心ですね。会社の中に企業内学園というものがありまして、その指導員をしてきました。学生から社員、海外の社員まで幅広く教育を担当しています。海外拠点が増えてきましたので、日本の教育を移管していくという仕事もしてきました。
元々は電気系の境域をメインでやってきました。「エレクトロニクスのデンソー」というフレーズがありまして、電気や電子の教育ができる人間をということで人材開発に関わることになりました。当時は給与が高かったということで入社しました(笑)。もちろんそれだけではなく、社内学園というものに興味があって高専課程として入社しました。それ以来ずっとデンソーにおりますので、歩くデンソーですね(笑)。そういう方が弊社にはたくさんいらっしゃるんです。

組織のファンを増やすことの重要性

―高専課程をご卒業されてずっとデンソーにいらっしゃいますが、正直なところ転職をしたいと思ったことはありませんか

わたし達の20代、30代の頃の転職はある種のハンディキャップでした。会社を辞めて転職にした人は訳アリの人間だというレッテルが貼られていたんです。当時のデンソーは平均年齢が20代の会社でしたので、右肩上がりの会社成長の中で若い人の勢いがありまして社内恋愛も花盛りでした。いわゆるデンソーカップルですね。わたしも運命の人に社内で出会いました。噂ややることはすべて筒抜けで隠し事はできませんね(笑)。おかげさまで昨年わたしの妻は満期で退職をいたしました。今は、趣味などを楽しんでおります。
これがひとつのデンソーの強みかなと思います。デンソーカップルから生まれたご子息が入社したいと言ってくださることでDNAが受け継がれていく、デンソーのファンが増えていく。それはとても大切なことだと思うんです。もちろん採用はフェアですが。

―今の肩書であるキャリアエキスパートとはどんなお仕事でしょうか

弊社では60歳で再雇用になります。シニアにも役職を付けるように人事制度を変更してきました。シニアでも働きの状況に応じて評価が違います。キャリアエキスパートとはマネジメント経験した後も会社が期待するプロジェクトリーダーなどの役割に応えられる再雇用者から人選された者の肩書となっています。やりたいことがデンソーの中でありましたので、引退は考えませんでしたね。
悩んでいたり疲れてしまっている職場を部門長と一緒に元気にしたいと組織開発を始めたのが10年ほど前になります。その道のプロフェッショナルにご指導いただきながら、全社にどのように組織開発を定着させるかを当時の人事部長と共に考えていました。人事部長も想いが一緒でしたので組織開発という名称のついた組織が2018年に誕生したのです。嬉しかったですよ。組織開発というネーミングを導入していたところはまだ少なかったですしね。社是の一節に「研究と創造に努め常に時流に先んず」というものがありましてまさにそれを体現した形ですかね。世の中の動きを見ながら新しいものを取り込んでいくという思考は社是でもあり、組織の根幹だと思うんです。

―いろいろなことに挑戦されていますが辛かった時期はありますか

ありますね。例えばファシリテーションというものがまだ認知されていなかった時代にその研修を導入したときや組織開発を推進したときの職場反応はあまりよくなかったですね。新しいものへの抵抗や時間をとられるということがマイナスと捉えられることもありました。そこで冷たい言葉をかけられたり…あえて職場から離れた場所で対話のワークショップなどに取り組むことは必要だと思うのですが、内容がよくないとプラスにはならないんですよ。逆にプログラム設計と対話の質がよければ皆さんの反応は良いものですしね。その時にようやく胸をなでおろします。

善と悪に向き合うパートナー

―中川さんにとって人事とはどのようなものですか

とても難しい職場だと思います。まず経営のパートナーでならなければいけません。そして、社員にとっての善と悪を判断しなければいけない。基本的には良い方ばかりですが、時として道を外してしまった社員への対応もしなければいけないですよね。その時の厳しい対応が故に人事は嫌われ役になることが多いかと思います。ポリスのような存在かもしれません。それによって社員のモラルや組織のルールが守られますよね。でも、それだけではいけないんです。良い内容だとしても人事から連絡が来たら「何かやったんじゃないかと思った」と言われますが(笑)、 社員の幸せの為にいかにして善となることが提供できるか。研修一つをとっても、組織をよくするということにとっても、処遇をよくするということも時代の流れに合わせて会社を成長させる重要な部署ですよね。三位一体、かもしれません。

―生涯をかけて働きたいと思える会社に出合えるということはなかなかない奇跡のようなことかなと思うのですが、中川さんにとって仕事のやりがいや醍醐味とは何でしょうか

多くの企業はいい会社だと思うんです。会社の良し悪しはきっと自分の中で作られていくものだと思っています。皆、自分の専門性をもちながらその会社の人間になっていくと考えています。弊社はいい方が多いんです。先輩後輩から指導を受けながら成長していけます。成長していける間は、会社を辞めたいと思わないのではないでしょうか。
仕事の領域から抜けること、これがやりがいだと思っています。例えば、研修や教育を海外に移管するというミッションがあるとします。それぞれの土地の社員とやり取りすることは困難が多々あります。困難になっている部分があるからこそ、苦労を共にして乗り越えると、お互いデンソー社員として頑張っていこうぜ!という一体感が生まれます。不思議なものですよね。仕事だからやっている、のではなく「この仲間と一緒に成し遂げたい」という気持ちが生まれてくるんです。人と共に本気で過ごしているとその感覚が出てくるんですよね。
また、組織開発や人財開発をその道のプロとして評価いただく。それはとても幸せなことです。自分なりに学び整理してそれを実施していることを専門としてやっている一流の方に褒められるということは、正直なところ社長に褒められるより嬉しかったりもします(笑)。組織開発において自分たちがトップを走っているとは思っていません。むしろ悩みもがきながら、一生懸命やっていますが解がない分野ですので。

かっこいいシニアでいたい

―今後の夢やビジョンはありますか

ありますよ。実は本日誕生日で64歳になりました。残りの会社生活は一年です。シニアって会社生活が終わりに近づくと静かにフェードアウトしていくイメージや煩わしい立ち位置に見られがちで。でもそれってシニアのわたしたち自身にも問題があると思うんです。だからかっこいいシニアになりたいと思っています。皆さんいつかはシニアになるんですよ。なので、あの人のようになりたいと目指してもらえるような人になりたいと思っています。さて、ここで初めて発表するのですが…本年末から来年にかけて、本を発刊します。(インタビュアー大歓喜!)弊社は副業がOKなので昨年から起業しています。会社からいただいたノウハウを財産として社会に還元したい。自費出版として今を困っているどなたかの解をだす支援になればいいなと思って動き出しました。
組織開発の実践本はまだ少ないかなと思っています。わたしが生きてきたうえでの証として自分がやってきたことを理論ではなく実践をまとめて本にしようと思っています。
自分の夢が誰かの為になるというのは生きがいであり醍醐味ですね。

―いろいろお話を聞かせていただきましたがHIROさんにとって組織開発とは、人財とは何でしょうか

「古くて新しいもの」、それが組織開発です。組織開発は決して最近に始まったことではないんです。時代や環境の変化もあり、組織が一つになることがとても難しい時代になってきました。会社だけでなく学校もそうだと思います。組織というものが一つにならなければならない。多くの知恵や力が発揮できなければいけないんです。
わたしは長年人と向き合ってきました。研修を通じてたくさんの方に出会ってきました。時に、驚くような変化に出会うんです。わたし達は他者を表面的に判断しがちで、本当はいろいろなことがそれぞれの内側で起こっているのに、それを見逃してしまいがちなんですよね。静かで情熱が見えにくい方が、部下たちのことを想い感涙するという場面に出くわしたりします。心が震える瞬間に何度も立ち会ってきました。
人は、どんな人でも可能性を秘めている。潜在能力を持っている、と思います。それが表面化するかどうかは、組織によると思っています。それがまさに組織開発だと思うんです。

 

中川 浩人(なかがわ ひろと)
株式会社デンソー
人事部 人財・組織開発室 人財・組織開発1課 キャリアエキスパート
その社会人人生を株式会社デンソーに捧げ添い遂げる。企業内学園での講師、社員の研修などを担当し海外拠点の社員への教育も歴任。社内外の研修受講者は延べ1万人を超える。
2017年より組織開発のリーダーとなり南山大学中村教授、立教大学中原教授の組織開発の2大専門家より師事を仰ぎながら、組織開発を学び社内へそのノウハウを導入。再雇用後に起業し講演や本の執筆など現在も精力的に活動している。