命といきる医療従事者~わたしの哲学~Vol.02 総合診療を日本のインフラへ(大杉 泰弘先生)

総合診療医を極める

―本日はお時間をいただきましてありがとうございます。よくある質問かもしれませんが…大杉先生はなぜ総合診療医になられたのでしょうか

僕が医師になった頃には、総合診療医になって開業するという道はあまり一般的ではなかったんですよね。父親がスタートしたクリニックを継承するにあたって、せっかくなら最強の開業医になりたいと思い医師になったということもあったので、どういうことをしていけば「最強の開業医」を目指せるのかは今でも大事にしている根っこの部分になります。もちろん、いろいろな科に魅力を感じました。それぞれに深遠なる世界があって、学び獲得すべき能力にはとてもに時間がかかる。手術をしたりする能力は大切だけれども、最強の開業医になるというフレームワークではなかったということもあります。その当時大学でも総合診療という分野の方が一部いて、若いながらにもそこが自分の生きる道だと思ったので開門海峡をわたり飯塚病院へいきました。

 

―最強の開業医とはどんなイメージなのでしょうか

その当時はぼんやりとしか考えていなかったようにも思いますが、今考えればプライマリ・ケアというフィールドで、かかりつけ医として必要とされるすべての医療を提供できることだと思うんですよね。領域にとらわれず、赤ちゃんから看取りまで年齢や性別に関係なく、要望やその時々の健康問題に対して、そしてライフステージが変化するときに起こる諸問題に「そこにいてくれてよかった」と思ってもらえる伴走する医師である、ということですかね。

ただ、一方で最強の開業医になるということは手段で。総合診療がインフラになることや、医師として当たり前のキャリアとして成立し、日本の人たちにとって総合診療でかかることが一般的に受け入れられようになることが、僕が生きた「差分」になったら嬉しいなと考えています。そこに対して必要なことは全部やるというか、自分にできないことがあると決めないこと、ですかね。20年くらいはかかると思っています。

医師が年間9000名ほど誕生していますが、総合診療医は250人ほどなんですよ。OECD加盟国では総合診療医が三割と言われていて、そのレベルは急には目指せないにせよ、年間で1000人くらい、総合診療を選択する人たちがいたらいいなとは強く思っています。出来たばかりの領域なのでキャリアパスも教育もまだ不十分ですが、その整備もしていく必要があるかと。若い医師から魅力的だと感じてもらえるキャリアや教育機関、そして教育そのものが目に見える形で提供されていないということも課題かもしれません。

 

―医師も様々な働き方を選択できる時代になりました。総合診療医の魅力とはなんでしょうか

医師になる前でも想像しやすいのではないでしょうか。いつでも近くにいてくれて、伴走してくれて、なんでもわたしのことだったらわかってくれる、そう思われる医者になりたいと思う方もたくさんいると思っています。キャリアパスをしっかりと示すことでチョイスが変わってくるなと。若い時から地域医療に従事した人の元で学ぶことが重要ですね。僕のまわりにはかしら成し遂げたいと思っている人たちが集まってくれています。

 

ニューロダイバシティを理解する

―今一番興味のあることを教えてください

ニューロダイバシティ(個人による特性の違いを「多様性」と捉えて相互尊重し、活かすための考え方)ですね。

僕自身、色々な人の得意領域を見つけて、それを組織の価値に変換してアサインするということをずっとやってきたんです。医師だと、たくさんの患者さんを診て、ハードワークもして、診断にミスがなく手技もうまい。それが優秀な医師とされているのですが、ただそれだけではチームは上手くいかないはずなんですよ。教育のロジスティックを守る人や医者をリクルートし獲得する人、人の気持ちがわかる人もそうですよね。それぞれの得意を生かして組織運営を行っていった結果、偶発的ではありますが、組織が対応できる幅がどんどん広がって上手くいきます。人間の本質的な感情として、自分と同じだと思っているメンバーには自分と同じ仕事の量や質を求めると思いますが、実はこのことは大変むつかしいことだと思います。仮に兄弟でもとても価値観が違うことはよくあります。ひとりひとり違うという前提に立つことで相手を思いやることができると思っています。その一人ひとりが違っているということを理解することの1つのヒントとしてニューロダイバシティがあり、そのことを理解することで納得感が生まれるのではないでしょうか。

それぞれがパフォーマンス高く快適に働くことが出来るようにお互いを思いあえることや、互いにカバーしあえるということが、大切と思います。「常識的には」などと言いたくなったときは、たいてい相互尊重が欠落しているんですよね。せめて自分の周りにいる人たちが生きづらさを感じずにいて欲しいなと。私自身のリーダーシップのスタイルは、例えば相手が思うように動いてくれないのならば、きっとそれは自分のマネジメントやリーダーシップの問題なのだと思うようにしています。その人の心が動くような言葉で向き合えているのか、自分のこととして考える必要があると思うんです。相手の前提を理解しようとすることがすべてのはじまりですね。それも僕の人生の役割だと思っています。

 

―大杉先生ご自身の課題などありますか

今現在は、丁寧な1on1ができる状況ですが規模が大きくなったときに、いつかやりきれなくなるとは思っていて。それでも、どうやれば今と同じような価値を提供できるのかということは結構重要な課題だなと。MBAを取ったことで知らない論点が少なくなったり、引き出しは増えましたね。組織の器はリーダーの器に比例しているかと思うので、まずは自分の器を大きくしなければというところはありました。

 

―今後の野望などあれば教えてください

そこはシンプルで、総合診療が日本のインフラになっていることですね。もっと言えば日本でできたならば、まだインフラになっていないアジアの国などに進出していければいいなと。

 

 

大杉泰弘(おおすぎ やすひろ)

藤田保健衛生大学(現藤田医科大学)医学部2004年卒。飯塚病院総合診療科および頴田病院総合診療科に9年間勤務ののち、2018年にスタートした総合診療専門医制度に先んじて、藤田医科大学総合診療プログラムを2015年に3名の専攻医(専門研修を行う医師)とともにスタート。同時に豊田地域医療センター(150床)の総合診療医を中心としたコミュニティホスピタルへの変革を開始した。

「教育の力で医師を育て、地域そして世界を変革する」の理念のもと、指導医が集い・総合診療の教育制度教育環境が整い・病院が増え、多くの患者さんを診ることを可能にした。総合診療医は全ての健康問題に向き合う専門医として、現在は目下の課題に日々取り組んでいる。