視点を変えて「壁」と向き合う~ケガを体験したからこそ見えたもの~

今回は、パルクール指導員でTBSの人気番組「SASUKE」常連メンバーの佐藤惇さんに、2021年を振り返ってのお話しを伺いました。

 

2021年は、未だかつてない大きくて高い壁が目の前に立ちはだかった年でした。

 

アキレス腱断裂という大きなケガをしてからもうすぐ丸一年が経ちます。ケガをした時はすぐ治るんじゃないかと軽くとらえていましたが、そうは問屋が卸さず・・・。
「あ、これはしぶといやつだな」と気づいたのは手術を受けた後でした(苦笑)。

 

当然日常生活にも影響が出てきますし、パルクール指導を生業としているにもかかわらず、動けないことのもどかしさ。パルクールは体現するものなので、言葉だけでは正確に表現しきれない部分を自分の身体でもって示せなくなったのはつらかったです。特に子ども達に初めてのことを教える際、身体でなく口頭で伝えるのがとても難しく、苦労しました。
生徒さんに伝えたいのに伝わらないというジレンマから、ストレスも慢性的に抱えました。
さらにSASUKEの収録日も控えていたので間に合わせないといけないという焦りもあり、プレッシャーと闘う辛い毎日でした。身体だけでなく、心をもコントロールするのは非常に難しいなと思いました。

自分の意識によって見えるものが変わる

リハビリに取り組むも間に合わず、2021年のSASUKEは出場を断念したのですが、不思議なもので悔しさはありませんでした。ケガをすると、動きたいと思わないように自然と思考にストッパーが掛かったようです。仲間の応援に徹することもできたし、これまでとは違う視点で冷静にSASUKEで用意されたセット(障害物)を観察することができました。

 

普段、プレイヤーとしてSASUKEと向かい合う時は、自身の内側にある経験情報をアウトプットする意識が強く働くのですが、今回はインプットしようという意識が強く働いたように思います。プレイヤーの時はステージをクリアすることが大目的なので、SASUKEの仕掛けの細部までは見えないんです。それが今回細かい部分まで見えてきたのは、面白い発見でした。ケガをしたからこそ初めて得た感覚で、不思議な気づきがありました。
それと同時に、体を動かせなくなっていたことで、SASUKEやパルクールに対して一歩引いて見ていた自分にも気づきました。「あぁ、ここに戻ってこなきゃいけないんだな」という想いが強く湧きあがり、スイッチが入る瞬間にもなりました。

色々な物事が停滞している理由は自分自身が停滞しているから

今回のケガは、オンライン・コーチングサービス「myPecon」でコーチングを受けている過程で起きたことでした。スランプに陥って行き詰まっていましたが、コーチと話す中で、自分自身が停滞してしまっているから今色々なものが滞ってしまっているのだという気づきがありました。
自分の会社で提供しているサービスは、自分が持っている経験やアイディアから生まれています。つまり、自分の経験が常にアップデートされていないと新しいアイディアが生まれないんですよ。今自分の中で止まってしまっていること、できていないことを一つずつ紐解いていくと問題の根本が見えてくるという気づきがコーチングで多くありました。

 

身体が自由に動かない状況下でも自分に出来ることに目を向けていく作業の中で、ストレスや外的な刺激を極力遮断することはできるなと思ったんです。ストレスフルになって思考が回らなくなることのないよう、映像を見たり音楽を聴いたり、少しでも紙に書き出すことでアウトプットして頭をほぐすようになりました。これもある種の自分のコンディショニングですよね。そのあたりから、また物事が上手く回り始めるようになりました。

「立ち止まり」は気づきのタイミング

ケガをして約一年経ちますが、振り返ってみると、僕が人生を歩む上で立ち止まらなければいけない期間だったなと強く思います。今出来ていること、自然に経験として積み重なっているものって、当たり前すぎてなぜ上手くいっているのか自分でもわからなくなっているんですよね。自分の中に言語化できていない経験が沢山存在していたんです。身体の不自由さを経験したからこそ、これまで普通に出来ていたことがなぜ出来ていたのか、また出来ているように見えて出来ていなかったことがあると分かりました。

 

一例ですが、リハビリの先生が僕の足を指圧しながら「ここの筋肉が動いていなかった形跡がありますね」と言ったんですよ。足という大きな部位ごと動かしているから一見動けているように見えるけど、動かせていない細かな部位が隠れていたことに気づいたのです。まずは足の小指だけ力を入れてみる、次は親指だけ力を入れてみるなどの訓練をしたことで、これまで以上に身体の細部まで意識した動きが出来るようになりました。この発見は、パルクール指導の上でも大いに役立っています。

 

実は会社のサービスにおいても同じで、軌道に乗っているからこそこれまで見えていなかったことや、これは要らないだろうと思っていたことが実は重要だったということなども、今回のケガにより気づいたことでした。今回のケガがなかったら進められていなかっただろう話が沢山あります。会社自体の方針や、形づくっていきたいものの具現化も、このケガがなければできていなかったと思います。気づきのタイミングでしたね。

 

コーチングは自己完結ではなく相手(コーチ)に話しますよね。自問自答だとわざわざ言語化しないじゃないですか。その結果、わかった気になってしまう。相手(コーチ)に伝えなければいけないとなると、言語化してアウトプットする必要が出てきます。そうすると口に出さざるを得ないのですが、その瞬間に自分でも「あ、そうなんだ」と感じることができます。このプロセスが大きな気づきを生んだ最大の要因だと思っています。

もっと高い「壁」を越える

僕がこうして再び新たな成長を続けているように、会社やサービスも継続的に大きくなり続けるものだと思います。これからは自分だけが走るのではなく、他の人の協力も得ながらどんどん進めていきたい。今後はコミュニケーションや人との関わりという新たな「壁」を越えていくことが課題になると思っています。
3メートルの壁が目の前にあるとしたら、技術さえ学べば一人でも手が届きます。ですが、12メートルの壁だったら一人の力では到底越えられない。けれど30人が肩車をすれば可能性は出てくる。今後越えたい壁はこの12メートルの壁です。
自分だけではどう鍛えようが越えられない壁を、他の人とピラミッドを組むことで上に手を届かせる。自分でなくとも、誰かが壁を越えられればそれで良いと思っています。今後は人材育成も行ってサポートをしていきたいです。そのためのコミュニケーションを強化することが今後の課題です。

 

僕の考える理想郷は、一人ひとりの個性が認められており、心と体を解放できる世界であり、休息や発散ができる世界です。社会的な規範の追求が行き過ぎると、本来の人間性、パーソナリティが失われることがあると、個人的には考えています。自分から湧き出るアイディアを自由にこねたり、他の人と混ぜ合わせたり。そういう「粘土板」のような空間づくりや考え方を構築していきたい。こんな思想を持っています。
僕がパルクールに出会って、パルクールの根本に触れた時に感じたものはそういった「思想」にあるかもしれません。ただカッコよく動いているだけではなく、思想があって動いているからこそカッコよく見える世界がそこにあるんです。思想なくして深みはありません。
僕は考え続けることを選んでいるし、それによりぶち当たった壁を突破することで得られる「気づき」に快感を感じているのかもしれません。
我々パルクールは、壁を越えていくスポーツですからね(笑)。

 

佐藤 惇  Jun Sato
2006年からパルクールを実践し、関東を中心とした活動で日本のパルクール発展を支え続ける 。2007年にParkour Generations(英)との出会いをきっかけに本場フランスへ赴き、パルクールの創始者YAMAKASIメンバーとの練習や国際指導資格の取得を通じて、安全な実践方法を普及すべく国内外で活動中。SENDAI X TRAIN共同代表、東京都パルクール協会代表