今回は、サッポロビール株式会社 人事部 プランニング・ディレクターの村本 高史さんにお話を伺いました。
2009年春、人事総務部でグループリーダーとして勤務していた44歳の時に頸部食道がんを発症しました。
がんが見つかった時は大変ショックでしたが、放射線治療の甲斐あり秋にはがんが消失。なんだか不思議な感じがしたと同時に、「生かされた」、という思いもありました。生かされたのだから仕事で先送りしがちな課題も後回しにしてはいけないと思うようになり、今まで以上に仕事に全力で取り組みました。
一方で、再発の不安は常にありました。再発となれば、手術で声帯をとらなければならず、声が出なくなることはわかっていました。
案の定、喉にこれまでと異なる違和感を抱えていた頃、検査で再発がわかりました。人事総務部長に昇進した2011年夏のことでした。その時は、ショックというよりも「来るものが来た」という感覚でしたね。それと共に、「もう一回、人生を創っていかないといけないな」と思いました。食道発声教室を見学した時、私と同じような状況に置かれた方々が一生懸命練習している様子を見て勇気づけられ、「生きてさえいれば何とかなる」と希望を持ったことを鮮明に覚えています。
秋には無事手術を終え、年明けの復帰を目指して自宅療養していた時のことです。当時の社長が自宅にお見舞いに来てくれました。その時に頂いたのが「人間のプロになれ」という言葉です。仕事のプロとはよく言われますが、「人間のプロ」はあまり聞きませんよね。
業務上の困難を経験する人は沢山いますが、私のように大病を患う人はそういません。そこからの学びや気づきを極めて行こう、そう心に決めた瞬間でした。
復職してからは人事総務部長ではなく、部下がいない人事部門のサポート的な立場に異動となりましたが、それも会社の温かい配慮と受け止めました。2年程経ち、発声教室の卒業を機に自身の新たな役割を見つめ直す中で、仕事上の関係性を超えて、社員一人ひとりがどんな想いを抱えているのか、人生における事情や置かれた背景を気にかけるようになりました。また、自分自身、声が出なくても想いは以前と同じように頭に浮かび、口に出す前に消えてしまっていることに気づきました。私たちは、仕事の進捗や進め方など目の前のことは口に出してあれこれ対話しますが、自分の人生、会社、社会への想いや自分の心の奥の本当に大切なことについては忙しい人ほど口に出すことがないのではないか。そう思い、社内での対話づくりを始めました。社内での横断的なコミュニケーションの場をつくったり、コロナ禍でリモートワークに切り替わってからは、雑談も含めたコミュニケーションを増やすため、オンラインで「アイタイワ」という企画を考え実行しています。さらに、私自身の想いやがんの体験を話す場も自ら企画しました。こちらは延べ600名の方にご参加頂きました。
がんを体験して改めて感じることは、がヒトとの繋がりを通して自分の存在価値を確認できるという働くことの喜びです。復職して数年経ったとき、ふと「人生の目的と使命」という研修を社内で実施していたことを思い出し、自分の人生の目的と使命を定義したことがあります。
私は、人生の目的を「喜びと感動に満ちあふれた大きな物語を体験すること」、使命を「生きていく上での勇気や希望を人々に提供していくこと」と定めました。これを決めてから、社内での対話づくりの場などを主体的に仕掛けていくようになり、人生の目的と使命を考えることの大切さを実感しています。
ビジネスには肩書がつきもので、それ相応の役割を担う大変さがありますが、肩書や役職はいつか終わったり、いきなり変わったりするものです。その際に問われるのは、一人の人間としての在り方ではないでしょうか。
自分の可能性を信じ、一方で自分の弱さを受け入れ、ヒトとのご縁を大切にする。
誰しも一人で生きているわけではないので抱え込まず、でも思い上がらず。
こういったことを大切に、これからも「人間のプロ」として自身にできることを続けていきたいと考えています。
村本 高史
サッポロビール株式会社 人事部 プランニング・ディレクター。
1964年東京都生まれ。1987年サッポロビール入社。2005年以降、サッポログループの人事部門の課長職を歴任。2009年に頸部食道がんを発症し、放射線治療で寛解。11年人事総務部長在任時に再発し、手術で喉頭を全摘。その後、食道発声法を習得。14年秋より専門職として社内コミュニケーション強化に取組む一方、がん経験者の社内コミュニティ「Can Stars(キャンスターズ)」の立上げ等、治療と仕事の両立支援策を推進。現在はNPO法人日本がんサバイバーシップネットワークの副代表理事や厚生労働省「がん診療連携拠点病院等の指定検討会」構成員も務めている。
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