今回は、ウシオ電機株式会社 グローバル人事戦略部の流郷紀子(取材当時)さんにこれまでのキャリアや今後目指す姿についてお話を伺いました。
専門性を磨くことだけがキャリアではない
―流郷さんは、臨床検査会社のSRL、ベネッセの人事を経てウシオ電機の人事としてご活躍です。人事としてのキャリアを選択する決断をされたのはいつ頃ですか?
SRLで開発職として勤務していた入社5年目の時です。研究所と寮の往復生活が続いて閉塞感を持ち始めていた矢先に人事部へ来ないかと声をかけられ、人事に行くからには専門性を極めようと思いました。人事部ということは採用担当にでもなるのかなと思っていたのですが、実際異動して任された仕事は給与計算業務でした。異動当初から人事労務の用語がわからず大変でしたが、社労士の資格があることを知り、勉強を始めました。どうせやるなら一発合格を目指し、出社前にはファミレスで、お昼休みには会社を抜け出して予備校の自習室で毎日勉強しました。無事一発合格して社労士の資格を取得しましたが、もっと専門性を磨きたいという想いが強く、更に人事労務を学ぶため大学院に通い始めました。授業の中で最も印象的だったのがベネッセのケースで、管理職の4割が女性で、成果主義もうまく導入されているベネッセという会社に興味を持ち始めました。採用ページを見たらちょうど人事のポジションがオープンになっていまして、応募してみたら入社が決まったという形です。
ベネッセに入社してからは評価制度の運用を担当し、その過程で労務だけでは人と組織が動かないことを体感しました。そこから更に人事としてのキャリアを積んでいったわけですが、2014年に情報漏洩の問題が起きたり、トップが交代したりと会社全体が揺さぶられるような大きな変化も経験しました。経営が変わることによる人や組織へのインパクトの大きさを痛感しましたね。人事としてできる限り尽力したものの、離職者もずいぶん出ましたし、尊敬し慕っていた上司を失ったりもしました。様々な貴重な経験をさせてもらい人事としてのキャリア形成には重要な期間だったと振り返る一方で、つらい時期もありました。
こういった経験の中で、「今やりたいことをやろう」、「仕事に飲み込まれたり環境に押しつぶされたりせず、プライベートを含めた自分自身も大事にしよう」と考えるようになり、仕事に対する価値観やキャリアに対する考え方が大きく変わりました。これまではがむしゃらに専門性を磨く努力をして、専門性がなければ生き抜いていけないし会社にも社会にも貢献できないと考えていたのですが、キャリアの考え方に広がりを持てるようになりました。もちろん専門性を磨くことも重要ですが、それだけがキャリアではないし、やりたいことが明確でなくても良い。仕事を通して人や社会が成長していくことに微力でも貢献できれば良いのではないかと思えるようになりました。これが今の私の仕事やキャリアに対する価値観となっています。
その後、人事としてのキャリアアップを図りつつベネッセで学んだことを還元したいと思い、転職を決めました。人事のポジションを探していたところ、縁あってウシオ電機に入社しました。
社員に主体性がないのではなく、引き出せていないことが問題
入社早々、ヤンエグ(ヤングエグゼクティブプログラム;20代後半~30代を中心としたウシオ電機独自の選抜型トレーニング)の担当になりました。その当時はヤンエグ2期生を開催途中で、私は3期生開始時の担当予定として講座を見学していたつもりだったのですが、ある日、数名の受講生に取り囲まれてしまったんです。「自分たちは学びたいのに、会社の予算削減の影響で来月からのヤンエグのプログラムが決まっていない。予算がないのなら、自分たちが学びたい知識を持っている人が社内にいる」として社内講師の候補リストを渡されました。頼られてしまったからには何とかしないといけないと思い、熱意に引っ張られる形で受講生と一緒にヤンエグの立て直しを進めていきました。
これまで会社の上層部は、社員に主体性がないことを課題視していました。しかし、ヤンエグの受講生を見ていると寧ろその逆で、主体性の塊のような集団です。社員に主体性がないわけではなく、引き出せていないことが問題なのでは?と考えるようになりました。会社が良かれと思ってお膳立てしたり、管理したりしていたことが、かえって社員の主体性を削ぐ結果となっていたのかもしれないことに気づきました。弊社では目標管理制度に関しても管理型の運用をしていました。これも同じ構造で、管理していたから社員の主体性が削がれたのです。そこで、管理型でなくファシリテート型のマネジャーを育てていこうということで、人事制度の再構築にも着手していきました。
これらの経験から学んだことは、研修に限らず仕組みというのは、人事だけが一生懸命やるのが最善ではないということです。当日の運営も含めて社員にやってもらっていいし、かえってその方が社員の当事者意識が芽生えることに気づきました。
また、私はこれまで一人ひとりの能力や知識を高めることこそが人材育成であると考えていましたが、ヤンエグの受講生が互いに影響し合い成長し合っていく姿を見て、組織の中でどう共に育つかも重要な人材育成だと気づきました。人は単独に育つのではなく、共に影響し合いながら育っていくことを実感できたのは、大きな収穫でした。この経験から、人材開発や組織開発について更に深め、磨いていきたいと考えるようになりました。
人事が変われば、社員・会社、社会が変わる
―流郷さんにとって、人事の役割とは何だと思いますか?
一言で言うならば黒子だと思います。人事が組織を変えるわけでない。サポートしたり仕組みを作ったりするのが人事の仕事で、いい意味で出すぎないことが重要だと思います。主役は社員や事業ですが、黒子としてかかわった結果、チームや組織が変わるさまを見ると心が震えますね。ヤンエグでも涙腺が緩んだ瞬間が何度もありました。ベタに人とかかわって、変わるさまを見るのが面白いんですよ。
今、日本企業の人事には他社がやるならウチもやる、という横並びの風潮が残っているように思います。もちろん、他社事例から学ぶことは有意義ですが、真似ることは目的ではないですよね。私は他社がどうしているかは重要でなく、自社にとって必要なことを考えるべきと考えています。人事が会社を良くしたいと考え、半歩現実、半歩未来を捉えて行動していけば、その先にいる社員・会社が変わり、結果として社会全体が成長していくのではないでしょうか。
私はそんな想いから、微力でも人や社会が成長することに貢献していきたいんです。小さいことでもやらないと変わりませんよね。人事変革は、自転車を漕ぐときの「踏み出し」のようなもので、最初は重いけれど動き出したらスムーズに進んでいきます。止まりそうになったら伴走する・・・人事の取り組みに終着点はありませんが、最初の「踏み出し」をやり続けたいと思います。
流郷 紀子
大学卒業後、エスアールエルで臨床検査薬の開発等に従事した後、人事のキャリアをスタート。その後、ベネッセコーポレーションにて人事制度、人材開発、組織開発等の領域に経験を拡げ、現在、ウシオ電機にて人事変革、ダイバーシティ推進をリードする。※略歴は取材当時のものです。