今回は、津田塾大学で20世紀フランス思想を研究し、20年教鞭を執られている北見秀司先生が注目される生産協同組合の仕組みや、企業があるべき姿について話を伺いました。
イノベーションにはある程度の「余裕」が必要
――まずはじめに、生産協同組合とは何かを教えて頂けますか。
民主的な管理運営を行っていく非営利の相互扶助組織を協同組合と言いますが、生産協同組合は製品を作るところから手掛けます。
競争ではなく協力、共生という意識を持った民主主義的な経営を原則とする組織です。
社員全員が経営者。雇う/雇われるという考え方がなく、皆が意思決定に参加できるようになっています。
――北見先生が生産協同組合に注目されている理由を教えてください。
まず、今日の先進国が陥りがちな矛盾、すなわち豊かな社会の中に存在する貧しさを解決する抜本的な組織のあり方がここにあると思われるからです。
そして、生産協同組合の仕組みは失業や不安的雇用を減少させ、その結果、人々の購買力が増え、経済の好循環が生まれ、失われた30年の長期不況から脱出し、持続可能な社会、持続可能な幸福を実現できると期待しているからです。
また、企業が働く人にとって心地よい働き方を整える努力を行うことで、創造性の向上やイノベーション創出につながるのではないかと考えています。
今、日本経済は供給過剰な状態にあり、単にモノを作れば売れる時代ではありません。
いかに創造性を発揮しイノベーションを生み出せるかが企業の競争価値になると私は見ています。社員を競わせて、すぐ結果が出ないとダメという評価制度にすると社員は守りに入り、創造的なことをしなくなるのではないでしょうか。
それよりはある程度余裕を持った方がイノベーションにつながると思っています。
高度成長期の日本企業にはそのような余裕があり、それが世界基準で通用する様々なイノベーションを生み出してきた、と経営学の泰斗である野中郁次郎は指摘していますが 、彼の主張する、優れた知的創造は全員参加型経営から生まれるという考え 、これを敷衍すれば、生産協同組合にこそ、このことは言えるのではないかと私には思えるのです。
――生産協同組合の代表的な事例と特徴を教えていただけますか。
スペインのバスク州に「モンドラゴン」という生産協同組合があり、バスク州のリーディングカンパニーになっています。
賃金格差が少なく、産業により格差が異なるが、平均で1:3でスペインの営利企業の全体平均が1:20であることを考えると相当低いと言えます 。
ある事業が縮小した場合も別の事業に異動できるように、再教育の制度も充実しています 。
共同体ですから不況時には皆給料が少なくなりますが、サブプライムローンが起こったときもモンドラゴンは失業を出しませんでした。
モンドラゴン協同組合は教育や研究開発にも力を入れています。教育と労働を結合しなければならないという思想が根底にあり、このような思想がたとえば1997年におけるモンドラゴン大学の設立という形に結晶します 。そこでは、新たな経営のやり方なども教えられている。ちなみに明治大学は2013年より同大学と留学協定を含む大学間協力協定を結んでいます 。
組合員になるには出資金として年間給与額相当が必要と言われていますが 、辞めない限りずっと在籍でき、安定した雇用を生み出しています。
くわえて、儲かったらそれを従業員や地域に還元していくという発想も、社会的協同組合の根底にあります。
イタリア北部のエミリア・ロマーニャ州もまた生産協同組合を含む社会的協同組合が発達した地域として有名ですが、ここでは障がい者や元受刑者を積極的に受け入れ、事業としても成功している組合もあります 。
「仕事か家庭か」は労働時間が長いから生じる議論
競争社会は限界に達していると思いませんか。
経済の発展期には企業が生産力を上げることと私たちの生活の質向上が繋がっていましたが、行き過ぎると生産力が上がるほど貧富の差や不安定雇用が増える問題もあります。
今後AIによって雇用の半分が失われるなど言われていますが、それは今の社会の矛盾を語っているように思えます。
AIを活用することで必要な労働時間が半分になったら社員を解雇するではなく、皆の労働時間を半分にする発想もあり得るのでないでしょうか。
――それを実現している国はあるのでしょうか。
例えばオランダでは、ユーロスタット (Eurostat) が発表した平均労働時間は週29時間です。週4日フルで働いても8時間×4日=32時間ですから、それより少ないということですよね。そのような働き方でも、一人当たりGDP平均はオランダの方が日本を上回ります。
オランダに住んでいる日本人の話だと、週5日働かせない仕組みがあるようです。1日労働日数を増やすと70%税金が取られるようになっていて、働いただけ税金が増えるわけですから働く気はなくなりますよね?
フランスの緑の党も、労働時間を35時間から32時間にすることを主張しています。
――労働時間が週32時間になるといろんな変化が起きそうですね。
日本では未だ、働く女性が子どもを持つと仕事か家庭かという議論になりますが、週の労働時間が32時間になれば仕事も家庭も両立できてしまい、悩みの前提が崩れます。
仕事をとるか家庭をとるかという議論は、労働時間が長いから生じるものではないでしょうか。北欧も労働時間が少なく、ラッシュアワーは午後3時と聞きます。
オランダでも北欧でも、就労率と出生率に正の相関があることが確認されています 。
日本企業では労働時間が減るなら給料を減らそうという話になりがちで、働き方改革と社員のWell-being(心身の幸福)、金銭的な安心がイコールになっていない現状があります。
ヨーロッパの組織のあり方や仕組みから学べることが多いように感じます。
北見 秀司 Shuuji Kitami
津田塾大学国際関係学科教授
東京大学大学院人文科仏語仏文学専門課程博士課程、単位取得の上、満期退学
1996年パリ第10大学(ナンテール)哲学科博士課程修了。文学・人文科学博士号(専門、哲学)取得
「政治的エコロジーと『もうひとつのグローバリゼーション』 ― 脱成長と〈居場所〉の創出のために 」『総合人間学』9号、2015年