人事の心得~わたしの生き方~Vol.02 等身大の幸せを追い求めて(江上 茂樹さん)

等身大の幸せを追い求めて

 

若い頃から人事として従事し、その道を究めてきた穏やかで朗らかな江上さんとの30分。

―本日は、インタビューを受けていただきありがとうございます。早速ですが、座右の銘を教えてください

“Age quad agis”というラテン語です。「やるべき時にやるべきことをきちんとやる」という意味があるそうで中学の時に先生から教えてもらいました。仕事もプライベートも同時にいろいろなことがやってくるのですが、今の自分がおかれた状況に基づく優先順位付けやターゲット設定などが必要だと思うのです。「今この時を大事に生きる」ということも含めて座右の銘にしています。わたしは、ラテン語はわかりませんが(笑)いろんなことが積み重なった時に、「どれからやるのか」と、今の自分の役割や立場を考えながら一旦立ち止まる、拠り所のような言葉です。すごく含蓄のある言葉だと思っています。

―今現在はどんなお仕事をされていますか

今はNOK株式会社にて戦略人事を担当しています。戦略人事とは、会社の経営戦略と人事戦略を結び付け、具体的には「どのような人材を採用してどのように配置・育成し、個人のエンゲージメントも高めながら、どのように経営戦略の実現と個人の成長・幸せを実現していくか」を考えて実行していく仕事です。

配属ガチャの結果、出会った人事の道

―これまでも、“人”に興味があって人事という仕事を選ばれたのでしょうか

正直なところ若い頃はあまり人に興味があるわけではなかったです。わたしの若い頃はいわゆる配属ガチャがあって。その一環でたまたま人事に配属になった、という感じです。新卒で自動車メーカーに就職したのですが、最初の仕事は工場の労務政策の一環としての社内報担当でした。当時、ワープロとカメラとレイアウト用紙をもって2年間工場の中をあちこち歩いていたこともあって、新人の割には珍しく社内人脈ができていきました。車とは関係のない仕事だったので、これでいいのかなという想いももちろんありましたよ。今でこそ、人事になりたいと入社される方もおられますが、当時は人事を希望する新入社員は少なかったと思います。希望の配属先から縁遠かった自分を振り返って、当時よく会社を辞めなかったなとも思います(笑)

人事にはたくさんのルールや手続きがあって、それを一つ一つ学ぶことに当時は喜びを感じていましたが、学んだことをベースに社員の小さなお困りごとを次第に解決できるようになり「ありがとう」と社員から言われて嬉しいなと思い始めた頃に、ようやく人事という仕事になじんできたかな、と感じたことを覚えています。人事の仕事にわたしが向いているのかは正直な話、今でもわかりませんが、続けてこられているということは、多少は適性があるのかもしれません(笑)

―いつ頃から、戦略人事などに興味を持ったのですか

人事の責任者に就任してその必要性を感じてきた、というところでしょうか(笑)

人事の責任者を三社で経験していますが、一社目の時は、いきなり人事本部長になって経営のこともよくわからなかったこともあり、無我夢中で経営の一員として厳しい人事施策を推進することに血眼になっていて、途中で「本当にこれが社員のためになっているのかな」と悩んだこともありますし、二社目でCHROになったときは「CHROと人事本部長とは何が違うのか」ともずいぶん考えました。そんな中で、「社員あっての会社」「会社の一番の財産は人」という当たり前のことに気が付いてからは、「会社が成長するのであれば社員にどんなことを課してもいい」となってしまいがちな多くの会社の実態に疑問を持ち始めまして、今は「個人一人ひとりが自分らしい幸せな人生が送ることができ、その上で会社の成長が実現できたらといいな」と思っています。

―これまで様々なポジションで人事の仕事をされてきたと思います。その中で醍醐味ややりがいは何だと思われますか

会社の成長だけでなく、会社に関わる一人ひとりの幸せな人生の実現をサポートできる、ことが醍醐味ですね。各人の人生の主役はそれぞれの人であり、主役の判断で、時には会社を去るという選択肢をとることもあるかと思います。局所的は寂しくはありますが、次の会社で活躍しているのならばトータルで見ればOKなのではないでしょうか。会社としては、その人が人生の舞台として今の会社を選び続けてもらうように努力することも大事で、そんな健全な緊張感も大事かな、と思っています。「エンゲージメント」という言葉がポピュラーになって久しいですが、個々の社員が「この会社という舞台で活躍したい」と思えれば、会社と社員は「繋がっている(エンゲージしている)」ということだと思っているので、舞台を提供する会社と舞台で活躍する個人が相思相愛になったら素敵ですし、その実現に人事が貢献できたら、それこそ人事の醍醐味だと思います。

等身大の幸せ

―その人の幸せ、ですか。江上さんの思う“幸せ”とはどんなことですか

本人が、自然体でいられることが幸せなのでは、と考えています。

会社としてはみんなにスーパースターになってもらえたら、と思うこともあるかもしれないのですが、成長速度や伸び代は人によって違いますし、そもそも全員がスーパースターになることは不可能ですよね。スターを目指したくない人もいるでしょうから。

“等身大の幸せ“という言葉が好きで、わたしの中でのキーワードになっています。学校でも会社でもそれぞれが等身大の幸せを感じられる組織や社会だったらいいのに、と思っています。

―コーチングのような伴走者ですね。江上さんもコーチングを受けたご経験があるかと思いますが、その際にどんなことを感じられましたか

コーチングで上手く言語化してもらえたのは、自分の中で大きな財産になりました。10代の頃からのモヤモヤした気持ちが整理されて言葉になったことで、何かが起きても自分なり納得ができるようになりましたね。こういう経験はいろんな方にしていただけたらなとは思っています。

―これからはどんな関わり方で人事に従事しようと考えていますか

会社の業績が向上し、株主をはじめとしたステークホルダーの皆さんに評価していただくことは重要なファクターとしてありながらも、一方で社員個人の味方でありたいですね。社員をマネジメントするのではなく、“ともに在りたい”です。社員個々人には、私自身も含めてそれぞれ「等身大の幸せ」を会社という舞台で得て欲しいと思っています。もちろん、経営の視点で厳しい施策を行わなくてはいけない時もありますが、会社の成長と社員個人の幸せという両輪の実現をこれから先もずっと追い求めていきたいと思っています。

―それまでの人事人生の中で嬉しかったご経験を教えてください

たまにですが、「今、このポジションで活躍できているのは江上さんのおかげです」とか「江上さんのおかげで部署の雰囲気がだいぶよくなりました」と感謝されるのは人事冥利につきますね。いま、人事に求められているのは、組織や人の課題を解決するソリューションプロバイダとしての役割だと思うのです。いわゆるHRビジネスパートナーですね。職場や個々人の課題が解決できれば職場の環境もよくなるし、環境が変わればパフォーマンスもよくなりますよね、その変化も楽しい。

あとは、人事で共に働いた仲間がプロフェッショナルとして他社も含めて活躍しているところを見ると嬉しいですね。自分のところから日本の人事業界を支える人材を輩出できたかな、ということは自分自身の糧にもなりますし喜びにもなりますね。

―今後のビジョンや夢を是非、教えてください

会社の成長と個人の成長の両立の実現に少しずつでも近づきたいです。今は組織の中でそれを実現できればと思っていますが、いつか、会社にとらわれず組織や個人の支援することもありかな、なんてことも考えています。

―最後に。江上さんご自身の、“幸せ“を教えてください

すごく正直に言えば、一人でぼーっとして、いろいろなことに思いを巡らせていることが幸せです(笑)

という本音もありますが、自分の好きなこともやりながら誰かに必要とされ、そして、そこに感謝がついてきたら幸せですね。コンフリクトや議論も必要ですが、温和に穏やかに、がわたしの自然体です。スーパースターにはならなくてもいいです。それぞれでいいんです。それも多様性ですからね。自分らしさを認めてもらえることは嬉しいですが、それは自分をさらけ出すことでもあり、今までの自分の人生で難しさを感じている部分でもありました。結構いろいろと悩んできた方だと勝手に思っているので、モヤモヤしている若者を解放してあげることができたらいいな、と思っています。

 

NOK株式会社

上席理事 社長付 戦略人事担当

江上 茂樹(えがみ しげき)

1995年に東京大学経済学部を卒業後、三菱自動車工業株式会社に入社。トラック・バス分社に伴い、2003年に三菱ふそうトラック・バス株式会社へ転籍し、組織戦略部長、開発管理部長等を経て2010年に同社人事・総務本部長。その後、サトーホールディングス株式会社で執行役員CHRO兼北上事業所長、株式会社ブリヂストンでHRX推進・基盤人事・労務・総務統括部門長兼ブリヂストンチャレンジド株式会社代表取締役社長等を歴任し、2024年1月NOK株式会社へ入社。3社での人事・労務・総務責任者経験を踏まえ、会社の成長と個人の成長・幸せの両立に向け、日々悩みながらも人事の立場から取り組んでいる。