パルクールは誰しもがやっていること –パルクールの可能性–【後編】



自分の型を破る、型にはまらずに生きる

パルクールは昔の武士道や日本人の精神につながるところはあり、正しく広がれば定着しやすいのかなと思います。パルクール自体は、精神的な部分で宗教的な側面を持ち合わせていると思っています。ボールを壁に投げたら跳ね返ってくるように、パルクールは、壁があって自分がある。そこで、この壁は高くて自分は今こんな感じ、だから難しいかもしれないというような対話というか、情報の交換が常にあるんです。その、情報のインプットとアウトプットを繰り返して自分を高めていく。

宗教だったら、神様や神様が形を変えた象徴のようなものを対象に対話して自分を見出していくというのがあります。パルクールもそれと同じ。ただ、パルクールの場合は神様じゃなくて壁なんです。パルクールを伝えれば伝えるほどに、そこに気づく人は多いんじゃないかなと思うんです。無宗教国家の日本において、精神性の高いスポーツがあるのは面白いなと思うんですよ。シンプルに動きだけ楽しむ人と、より本質を追求して自分を高めることとの関連性を見出していく人とに分かれていくんじゃないかな。

−パルクールを通して伝えたいメッセージは何ですか?
型にはまらずに生きるということですね。何にも属さないという意味ではなく、自分はこうじゃないといけないって決めちゃっているかもしれない、その型を破る。「自分らしく」というのは、実は自分の作った型にはまっているだけなんですよね。色々な人と会話して、色々なものを見て、自分はこうかもしれないと探っていきながら新たな道へ踏み出していく。

例えば滑り台は滑るものと思っているけど、遊びという視点で考えるのであれば、それを逆走して坂道みたいに登ってもいいし、助け合いゲームのように引っ張り上げてもいいし、階段の形状を利用してじゃんけん大会をやってもいい。一つのやり方でものごとを決めつけないで自分のやり方を見つけていく。一つの場所をベースに、型にはまらないという考え方や視点を、パルクールを通じて感じてもらいたいなと思いますね。


佐藤 惇  Jun Sato
2006年からパルクールを実践し、関東を中心とした活動で日本のパルクール発展を支え続ける 。
2007年にParkour Generations(英)との出会いをきっかけに本場フランスへ赴き、パルクールの創始者YAMAKASIメンバーとの練習や国際指導資格の取得を通じて、安全な実践方法を普及すべく国内外で活動中。
東京都パルクール協会代表。