物語を聴き、ゴールやビジョンを一緒に考える
東北大学大学院医工学研究科 出江紳一教授

今回は、医療の現場で対患者のみならず対医療者のコーチング普及に取り組んでいらしゃる東北大学大学院医工学研究科の出江紳一教授にお話を伺いました。

コーチングに出会ったきっかけは何でしたか?

1997年に日本に初めてコーチングが入ってきましたよね。その頃一度、コーチングを学ぶ講座の説明会には参加したけれど、そのときはそれだけでした。 その中に医学面接が導入されることが分かりました。それで当時東海大学で一緒に働いていた安藤潔先生が医療面接の勉強会をしませんかと声をかけてくれました。勉強会ではハーバード大学の精神科の教授であるアーサー・クラインマン先生が書かれた『病の語り』(誠信書房:1996年)の日本語訳を読みながら、ケーススタディーでそれぞれの領域の患者さんを想定したロールプレイをやってみて、どんなふうに話を聞くかを勉強しました。コーチングと言うよりは、患者さんの物語を引き出すにはどうしたらいいか。物語を引き出しながら一緒に治療の方針を考えたりするような医療面接ができればという目的でやっていました。

そこから病院にコーチングをどう展開させていったのでしょうか。

そういう勉強会をずっとやってきて、途中、東海大学の医学部にコーチングを導入しようと働きかけたけれど上手くいかなかったこともありました。2002年に東北大学に移った後にまた安藤先生から、京都大学の福原俊一先生が主催していた厚生労働省科研費の難病研究班でコーチングを導入するので一緒にやりませんかと話がありました(脊髄小脳変性症患者に対するテレコーチング介入の機能に関する質的分析)。この一つ目の研究が上手くいったことがその後もコーチングに関する研究を続けていくことにつながっていると思います。
このときは神経難病の患者さんにコーチングを行う研究をしたのですが、そこで福原先生から、サポートする人を付けるからランダム化比較試験にしなさいと言われて。通常の場合は変化量を事前に研究した上で、変化量の差を示すために比較群に何人必要かを決めてスタートするのですが、そうではなく初めから無作為にランダムに2群に分けて研究する構造にしなさいと。何も分からないのにランダムに比較試験をやるのはすごく無謀なことです。どのくらいの人数が必要か分からないので、とりあえず12人ずつのグループなら最低限差を出せるのではと仮説を立てて実施しました。当時は私にコーチングスキルがなかったので、コーチングを学ぶのと同時進行で患者さんに実践し、さらに毎週1回プロコーチと電話会議をして、サポートをしてもらっていました。私を含む3名の医師がコーチとして1人の患者さんにコーチングを3ヶ月行ったので、待機して頂いた対照群の患者さんを含めた24人にコーチをするのに1年以上かかったと思います。論文になるまでに5年くらいかかっているのですが、その頃ちょうどコーチング自体が注目を浴びるようになっていました。有名な公衆衛生学の教授が介護予防にもコーチングが使えるのではないかと考えてくれて、仙台市のケアマネージャーに対して講演する機会をくれたりもしました。
その後、文部科学省の研究費をいただいて脳卒中の患者さんを診ている医師にコーチングを教える研修会を実施しました。その次は厚生労働省の科研費を取って、保健師にコーチングを教えることで介護予防のプログラムに役立てることにも取り組みました。また、大学病院の人材育成に予算がついて、多職種間連携にコーチングを活用する取り組みも行いました。
初めは慢性疾患の患者さんたちに対して、患者さんのゴールを明確にして治療方法などの選択肢を一緒に考えることにコーチングは使えるだろうと考えていましたが、指導医が研修医にコーチングが使えることもわかってきました。それだけでなく、病院の管理職がメンバーにコーチングを使えることもわかってきました。最初から意図していたわけではありませんが、対患者コーチングから始まって、医療者が医療者にコーチングをするようにもなっていきました。