お金を目的にしない方が幸せはついてくる
−「今が幸せだからこのままで良い」と考える人が増えると、経済成長は止まってしまわないでしょうか。
そもそも我々は経済成長すべきなのでしょうか。そもそも経済成長すると幸せになれるのかどうかについての研究成果を見てみましょう。
ダニエル・カーネマン教授の研究によると、年収が7万5000ドルになるまでは年収の増加に伴って幸福度も上昇するものの、それ以上年収が増えても幸福度は変わらないことが知られています。国民の平均的な幸福度と一人当たりGDPの関係も同じです。貧困にあえいでいるときはGDPが上がるほど幸福度も上がりますが、ある程度経済的に発展してくるとGDPが上がっても幸福度はあまり変わらなくなっていきます。
経済成長が前提とされた社会では「人が幸せになるためには」ではなく「経済成長するためには」ということが命題になりがちでした。「富が多いほど人は幸せなはず」という前提で学問はできていた。しかし、近年、どうやら富が増えても人は幸せにはならないと分かった。それで行動経済学や経営行動科学に幸福学(well-being study)が取り入れられるようになりました。人類が従来学んできたことは、ある条件下では間違いではなかったけれど、成長期のための経済学とサステナブル期の経済学は違うということです。フェーズが変わったので、成長期の経済学の「増えれば増えるほど幸せ」というのはもうやめて、ちょっと増えるくらいを目指したほうがいい時代が来たのです。GDPを上げる目的は、あくまで国民が幸せになるためです。国民が幸せになるのが目的であって、GDPを上げるのが目的ではありません。
人は幸せになると社会に貢献しないというわけではありません。利他的だと幸せになるし、幸せだと利他的になることがわかっています。統計的な事実としては、周りに貢献できていない人は幸せではない確率が高いんです。利他的であることと稼ぐことは別のパラメーターなので混同しないほうがいいとは思いますが。
社会的企業がなぜ利益をあげられるかと言うと、広告宣伝費を使う代わりに利他的なことに取り組む結果として、その活動が消費者から共感され受け入れられるからです。脱サラして起業し、貧しくても幸せという人もいるけど、利他的な活動をしていたら意外に稼げたという人も結構います。お金を目的にしないと、お金がついてくるかもしれない。ついてこないとしても、幸せはついてくるということじゃないでしょうか。
つまり、質問に直接的に答えると、今が幸せな人は利他的だから結果として経済成長に貢献するというわけです。前にも述べたように、幸せだと生産性や創造性が高くなることも知られていますから、幸せだと「このままでいい」にはならないんです。幸せな人は「より良い世界を築きたい」になるんです。この論理はよくわからない、という人はさらに幸せになるポテンシャルを秘めている(もうちょっとストレートにいうと、少し幸福度が低い)ということだと思います。
不幸な人は部分を見る、幸せな人は全体を見る:個人の幸せと企業や国の成長は両立するのか【後編】
前野 隆司(Takashi Maeno)
慶応義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科 研究科委員長・教授
東京工業大学卒、同大学院修士課程修了。キヤノン株式会社、カリフォルニア大学バークレー校Visiting Industrial Fellow、ハーバード大学Visiting Professor、慶應義塾大学理工学部専任講師、同助教授、同教授を経て現職。博士(工学)学位取得(東京工業大学)。ヒューマンインタフェースのデザインから、ロボットのデザイン、教育のデザイン、地域社会のデザイン、ビジネスのデザイン、価値のデザイン、幸福な人生のデザイン、平和な世界のデザインまで、様々なシステムデザイン・マネジメント研究を行なっている。「幸せのメカニズム-実践・幸福学入門」、「実践 ポジティブ心理学 幸せのサイエンス」など著書多数。