命といきる医療従事者~わたしの哲学~Vol.04 癌と共生する社会へ(熊谷 仁さん)

医学物理士という、仕事

―今日はお時間頂戴しありがとうございます。まず、今どんなお仕事をされているかお教えいただけますでしょうか

医学物理士として活動していまして、主に癌の放射線治療の領域に取り組んでいます。癌の治療法の一つに放射線治療があるのですがその品質や安全管理を専門的に担保する仕事をしています。例えば、大型の機械の運用や放射線を患者さんに当てた場合の作用の検証などですね。機械が問題なく稼働しているかを定期的に確認したり、放射線治療患者さんのシミュレーション確認なども行っています。加えて医療事故や医療過誤を防ぐために出来ることもやっています。医療従事者は専門職の集団なので、どうしてもそれぞれの仕事に集中しがち(縦割り)ですが、僕たちが第三者的な立場からいろいろと気が付くことが出来るということもありますね。そこで横串を指すことで医療事故を含めた些細なことに気付き、事前に防ぐような仕組みを作っています。
他には、研究活動に力を入れていますね。放射線治療は世界的にとてもシェアが広がっているんです。日本ではまだまだ外科的治療や薬物療法の方が優位ですが、欧米では放射線治療の方がシェアが大きい国や地域もあるんですよね。
ここまでいろいろお話しましたが…私は患者さんの前に出ることは一切ありません。そんな仕事も病院の中にはあるんです。患者さんと出会うのはカルテの中とCT画像などですね。そういったものを通して患者さんと対話をしています。

―ここで、疑問が生まれてくるのですが…とてつもなくコアなお仕事かなと思うのですがどのような経緯で出合ったのでしょうか

もともと、癌治療がやりたかったのです。両親が医療従事者だったこともあり自分も医療関係の仕事がしたいなとは早い時期から思ってはいて。当時から日本の死因の一位は癌だったんですよね。癌を勉強して治すことが出来るようになると、自分の大切な人を守れるようになるだろうなと考えてましたね、高校生頃から。ちょうどその頃、父親が胃癌にかかったこともきっかけになりました。やっぱり、癌ってなるんですよ。すごく身近なものなんです。
ただ、母親に僕の特性上、看護師は向かないって言われてしまったんです(笑)。となると、医者か放射線技師か薬剤師になるのですが紆余曲折あって診療放射線技師を養成する大学に通うことになり、大学院に進学後、医学物理士になるための勉強を始めました。

―実際になってみて、いかがでしたか

医学物理士の仕事は自分に合っていると思っています。特性や特徴にもあっています。責任と自由は表裏一体かと思うのですが…とにかく責任が重いです。自分の仕事は自分で見つける必要がありますし、プロジェクトの内容も自分で把握しておく必要があります。正解やマニュアルがないことも多いのでそれらを整備することもあります。医師と患者さんの治療方針を医学と技術の面からどのように実現できるか、どうしていくことが最善かの協議を何度も重ねることも、自由度は高いですが責任は重大ですよね。デスクで一時間頭を抱えてる、なんてこともたまにありますよ(笑)。
自分の特性もあって他の医療従事者の方とは少し違った視点をもっているところがあるのかもしれません。私に対してやりにくさを感じてしまう人もいるかもしれませんが…チームという意味では様々な思考を持っている人がいていいのかな、と。一見するとふらふら院内を歩いているようにも見えるかもしれませんが色々なアンテナを張っていて事前に気が付けるようにしています。常にどうしようかな、次はどうしようと考えていますね。

―今、どんな課題をお持ちですか

憂いていますよ、医療に。表現としては難しいですが。
専門職って何だろうって考えることが多々あります。外の世界の方と交流するとそれを強く思いますし。医療従事者は視野と視座を広げていく必要があると思うんです。僕のポジションが全体を見るものだから尚更そう感じているのかもしれないですが。もっと視野を広げれば仕事が効率化できるかもしれないし、それが患者さんの為になるかもしれないな、と思うようになりました。医療は変わらなければいけない時代が来ているはずなので、より良くするために皆で議論ができる現場でありたいと思ってはいます。
最近では、僕自身としては年単位でやっていた世界の先端に近い大型のプロジェクトが終わったこともあって個人でいろいろとやっていくには限界点も見えてきたところもあるのですが…次のステップも模索し始めました。

癌を恐れない社会へ

―次なる道もやはり癌治療なのでしょうか

そうです。僕は癌治療がやりたいので。癌治療の中でも放射線治療をスタンダードにしていくことが目下の目標です。そして最終的には癌を恐れない社会をつくりたいですね。一方で癌を根絶させるって無理なんですよ。癌になったから精神的に落ち込んで全てをあきらめるような風潮があるじゃないですか。そうではなくて、もしなったとしても仕事も家庭も大丈夫だと思えるような社会にしていきたいんですよね。これはもう社会的な取り組みというか。癌になった時の精神的な安寧があるといいなと。癌が怖くないって思ってもらえるようになって欲しいんです。治すというよりも共生ですね、癌を恐れないでいて欲しいなと思っています。

―今後の野望があれば教えてください

まず、自分に何ができるか可視化していく必要があるかなと思っています。自分の技術や価値観を開示することが大事だと思うのですが、そのうえで理想とするプラットフォームをつくることに同調してくれる人を探す。その人たちと協力できるといいですよね。これまで一人だったのでいろいろな知見をもっている方々と仲間をつくりたいです。どんどん世界を広げていきたいですね。

 

 

熊谷仁(くまがい しのぶ)
帝京大学医学部附属病院 中央放射線部 放射線治療品質管理室 医学物理士
癌治療に携わりたいと医療従事者を志し、医学物理士として放射線治療に関わる。患者さんには直接会わない特殊な医療従事者。視野と視座を高く、効率的に仕事をすることに興味を持つ。