命といきる医療従事者~わたしの哲学~Vol.03 時代と共に変化していくこと(安井 浩樹先生)

―本日はお時間を頂戴し、ありがとうございます!現在、安井先生はどのようなお仕事をしていらっしゃいますでしょうか

松阪市民病院で副院長をしています。副院長としては経営や管理、教育や医療安全など様々な業務があるかと思いますが、来たばかりの頃は当病院が県内でも有数のコロナ患者の受け入れ病院だったこともあり、呼吸器内科医として臨床も担当していました。コロナパンデミックが少し落ち着いてからは本来の業務である医療安全や病院経営はもちろんこれまでの経験を活かし臨床研修医の担当をしたりしています。

―副院長の打診があった時はどんなお気持ちでしたか

昔の仲間からの打診だったこともあり、正直なところ半分冗談としてとらえていました(笑)が、しっかりと話を聞いてその想いを感じたことや,当時勤めていた病院でコロナパンデミックの影響もあり目指していた地域医療活動がやり辛くなっていたことも要因となり松阪市民病院で副院長をすることを決めました。

―コロナ対応の時期はいろいろな想いがあったかと思います。先生はどのようにお感じになっていましたか

今でも正解がないことが多くなんとも言えないのですが、医師としての価値観や哲学があらためて必要だという気持ちがが強くなりました。新型コロナ発生当時は北海道の病院にいたのですが、地域医療の現場では患者さんの病気を治すことももちろん大切ですが、ご高齢の方の“生活”をどう守っていくかにも向き合わないといけないのですよね。ただそれが新型コロナの影響で難しくなった。面会や看取りもできない状況は医師として不思議な状況でもありました。
そして、パンデミックに対する偏見や差別、制度や経済的な問題など医療の社会性のようなものをより身近に感じましたね。正直なところ、医師としてナンセンスだなと思う対策もありました。そこが価値観の違いなのかもしれないですが、答えはでないまま、また次なるパンデミックを迎えるかもしれないと思うと…やはり自分の軸みたいなものが大切になってくるのかなとは思っています。
患者さんやスタッフとのコミュニケーションにおいて、相手の価値観や生活を中心に地域医療を行うという信念は変わっていません。状況によっては相手に厳しく接しなければならない場面もあるかと思いますが、そのあたりは正直苦手なところで僕の課題です。

―これまで研修医や医学部生への教育もされてきたかと思いますが、時代の違いなどは感じますか

僕らの時代と比較しても仕方ないとは思いますし、変化がない方がおかしいですよ。いわゆるネットネイティブの人たちはYouTubeで試験対策をするのでコピー用紙で試験勉強していた頃とは環境が大きく違います。接する際にはあまり昔話はしないように、なるべく話を聞くように気を付けています。もちろん、時々昔話は出てしまいますが(笑)。
次の世代を担う若い先生たちが、働きやすい環境を作ることも僕たちの仕事かなとは思いますしね。答えがないので日々手探りでやっています。

―今、ご興味のあることは何でしょうか

病院経営や医療安全などにも興味がありますので、勉強を続けています。
最近は自分のキャリアを振り返りながら今後は少しわがままに自分のやりたいことを大事にしてみたいな、と思い始めました。音楽,文学,芸術といったいわゆるリベラルアーツにも興味があります。例えば病院の横にライブハウスとかを作って、患者さんにも楽しんでもらえる環境もいいですよね。そんな機会もあっていいと思うんです。
今度開催する院内コンサートの準備や地域医療に関する映画製作にも携わったりしています。

―課題に感じていることはありますか

医療に限らず現代社会にはいろいろな課題があるように思います。もちろん自分なりの考えもありますが、はたして自分自身の価値観も正しいのかななんて思うこともありますね。ただ、日々の報道や社会情勢をみると「センス」がいい、「かっこいい」と思う事が少なくなってきた気がしています。みんな心の余裕がないとうか。そういう状況だからこそ、大谷選手のニュースは積極的にみるようにしています。
少し真面目な話にはなりますが。医療費の問題や少子化、高齢化の問題は今でも解答は見当たりません。働き手不足は医療の世界だけでなく社会全体の課題だと思います。ただ、我々の医療業界は少しばかり内向きのところがあるので他の業界に学び、相互コミュニケーションを試みることで改善の手がかりはあるような気がします。自分達の領域やプライド、矜持といったものは守りながら大事なところはブレずに…時代と共に変革していくことができるといいですよね。

 

安井 浩樹(やすい ひろき)
三重大学院終了後、松阪市民病院へ出向し呼吸器内科医として病棟や救急、検査や学会発表など精力的に活動。三重大学病院卒後臨床研修部では研修教育体制の構築に奔走した後に、名古屋大学地域医療教育学講座准教授として着任。地域における多職種連携医療教育など様々な経験を積む中で、大学院生の頃に一週間応援診療で出向いた北海道を思い出し美幌町の病院で地域医療に取り組んでいたがコロナパンデミックで地域診療に難しさを感じ、松阪市民病院へ副院長として帰還。現在は、病院経営や医療安全を学びながら芸術と医療の融合なども模索している。
著書
医薬看クロスオーバー演習―チーム医療の現状と問題点,そしてその未来
エピソードから地域に根ざした医療とケアの在り方を考える